気づくかな?
「梨花〜!早くしないと遅刻ですわよ〜!」
「そうなのですよ梨花〜!急ぐのです〜っ!」
「わ、わかってるのです〜っ。今いきますですっ」
私は朝の学校へ行く前、鏡の前で柄にもなく慌てていた。
その理由は昨日の圭一の発言にあった。
「梨花ちゃんってさ、髪留めとか付けたらもっと可愛かったりしないかな?」
ということだ。
ようするに、今日つけていく髪留めをどれにすべきか迷っているのだ。
なんだかこうしていると、自分が年相応の女の子に見えてくる。
まさか自分にもこんなかわいらしい一面があるなんて思いもよらなかった。
これでは魅音のことも笑っていられない。
それにしても迷う。
「そういえば、何回も繰り返しの中を生きてきたのに、そういうことに気を使ったことなかったわね…」
どうやら長く生きても蓄積したのは無駄な知識だけで、女の子らしいものとは無縁だったようだ。
ますます魅音に自分が重なってくる。
そのうち圭一に男友達扱いされてしまうのではないだろうか。
―――さすがにそれはないか。…たぶん。
「梨花〜!置いていきますわよーっ!」
「み〜!待ってくださいなのですっ」
いつまでも悩んでいては埒が明かない。
私は最後に残っていたいくつかの中から目に留まったものに決め、沙都子の後を追った。
「…なによ、全然急いだ意味ないじゃない…」
その後全速力で学校について時計を見た私は、とたんに不機嫌になっていた。
実は家の時計は本当の時間より30分進んでおり、そのせいで時間を勘違いしたのだ。
犯人は羽入らしい。時計を落とした拍子に乾電池が抜けて、あわてていじくったら早めてしまったということだ。
……あとで、キムチの刑ね。
「ふぅ……」
私は開いた窓からその景色を眺めながらため息をついた。
そろそろ時間的に危なくなってきたのだが、圭一たちの姿はない。
おそらく魅音か圭一が寝坊してしまったのだろう。
「……圭一、気づいてくれるかしら…?」
そんな言葉が、自然に口をついて出る。
自分でもまったくらしくない言葉だと思うのだが、朝学校についてから―――いや、朝準備をしているときからずっとそのことばかり考えていた。
圭一は気づいてくれるかとか、もしかしたらまったく気づかれずに一日過ごすことになるんじゃないかとか、もしかしたら気づいてほめてくれるかもとか…。
「…ほんとに私の柄じゃないわね…」
長い時間を生きてきたせいで大抵のことは冷静に行動できるのに、なんだか圭一のこととなると調子が狂ってしまう。
これじゃあまるで、好きな相手を待つ恋する女の子みたい。
「…うぅ、自分で考えてて恥ずかしいわ…」
不覚にも、ドキドキしている私がいた。
不安と期待が入り混じって、くすぐったいような苦しいような不思議な感じ。
表面では否定していても、もはや誤魔化しきれないぐらい、私は圭一のことが―――
「おっはよ〜っ!」
そんな振り向かなくても誰のものか分かるような声とともに、教室のドアが開かれる。
案の定入ってきたのは魅音とレナ、そして圭―――……あれ?
「…圭一がいないみたいですが、どうしたのですか?」
てっきり魅音とレナとともに入ってくると思っていた圭一の姿がない。
いったいどうしたのだろうか?
……まぁ、大体の予想は付くけどね…。
「あぁ、圭一君なら寝坊しちゃったみたい。家に言ったら圭一君のお母さんに『今起きたばっかりで間に合いそうにないから先に行ってて』って言われたから」
―――やっぱり。
「ハハハッ、いつもよく寝坊してたけど、ついに遅刻しちゃうなんてね〜。いつかやっちゃうとは思ってたけど〜」
「み〜、魅音も人のこと言えないのですよ」
「確かにそうですわね。魅音さんもよくギリギリに来ますし」
「あぅあぅ、それは同感なのですよ」
「魅ぃちゃんお寝坊さんだもんね〜」
「うぅ、なんだよみんなしておじさんをいじめて〜!もうグレてやる〜っ!」
そんなやり取りにみんなで笑い合う。
でも、いつも通りのみんなの中で私一人がどうも落ち着かない。
どうやら今の私は、圭一の反応を見ないことには落ち着けなくなっているらしい。
ほんと、らしくないわね…。
「はぅ〜、そういえば梨花ちゃん、今日は髪留めつけてるんだね。かぁいいよ〜、お―――」
「お持ち帰りしちゃだめだからね」
「…はぅ、わかってるよ〜。でも見てるだけならいいよね、ね?」
「見てるだけならね〜。そういえば確かに、梨花ちゃんが髪留めとかつけてるのって珍しいよね?いままでそんなのつけてなかったのに。なにかあった?」
「そういえばそうですわ。私も朝に理由を聞きましたけど、全然教えてくれないんですもの」
「み、み〜、なんでもないのですよ。にぱ〜☆」
魅音と沙都子の追求にごまかしを入れる。
まさか、圭一に昨日言われた言葉が気になってしているなんて、絶対に言えない。
「ホントに〜?急に髪留めつけてくるなんておかしくないかな〜?」
「あぅあぅ、梨花は昨日―――」
「羽入、今日のあなたのご飯は激辛キムチ大盛りがいいのかしら?」
「い、いいえっ!そ、そんなことないのですよ!僕は何にも知らないのですっ!」
私のキムチ宣告に、羽入は慌てて口をつぐんだ。
おしゃべりなこいつを黙らせるにはこれが一番なのである。
あとはまぁ、真実を知っているのは羽入だけだし、適当に誤魔化せばやり過ごせるだろう。
「本当に何もないんですの梨花?私には何か隠してるように見えるのですけど…」
「そんなことないのです。沙都子は気にしすぎなのですよ」
「そうかな〜。おじさんもちょっと―――」
「は〜い、みなさん時間ですから席についてください」
と、そこでクラス担任である知恵が教室に入ってくる。
その掛け声とともに私を問い詰めていた魅音や沙都子もあきらめて席についた。
ちょっと危なかったけど、何とか誤魔化しきれたみたいね…。
でも、去り際にレナから―――
「早く圭一君、来るといいね」
と、言われてしまった。
どうやらレナにはバレてしまっていたようだ。
結局圭一は、その後授業が始まってから学校に着き、知恵にしっかり怒られた後席についた。
これは、少なくとも次の休み時間には圭一が私のところに来るだろう。
そう思うと、授業なんか手に付かなくて、柄じゃないと思いながらも頭の中は圭一のことでいっぱいだった―――
あとがき
さて、ほのぼの圭梨圭小説です。
といってもまだ圭ちゃんは出てきてませんが(笑)
ちょっと長さが微妙で、前後編に分けるか迷ったんですが、短いほうが読みやすいと思い、前編と後編に分けました。
今回はちょっと乙女な梨花を書いてみたくなって、こんな話になりました。
たまにはこんなのもいいですよね〜。
では、後編も期待せずに(笑)待っていてください〜。